読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

気ままに生きます

人生いろいろ

ごめん

流行を追いかけるにはエネルギーが必要だ
だから若者しかついていかない
そろそろ流行の音楽を聴くのにも疲れた
結局僕も以前まで批判していた老害のように最近売れてるバンドの良さが分からないと疑念を感じ始めてしまった
価値観なんて所詮は主観
時代を作るのは相対的な評価でそこから自分の感性がずれているだけなのに
ただよくよく聴いてみると結構好きな曲調という事もある
上辺でしか語れない人間にはなりたくないと思った
なにも好きなバンド、マンガ、小説だけじゃない
人生だってそうである
逆の事も言える
他人にとって意味のない事柄でも自分にとって意味がある、もしくは意味があると感じられさえすれば後は他人の言う事などどうだっていい
人に左右されず自分の芯を持つ事が大切
答えがわかる人なんていないし答え合わせができる頃にはその人も周りから消えている
責任が取れるのは自分だけ
失敗だと思われているならそれを糧にして将来成功を収めればいいだけの話
思えば僕は人に嫌われないように生きてきた
幼い頃僕は傲慢であった
多少勉強ができて要領がいいだけで偉そうな態度を大人相手に取っていた
どこか厭世的に斜に構えた態度で世の中を見ていた
当時はお受験勉強の為に塾に通っていた
国語の時間だった
僕は教師に注意された
どうやら僕の肘をつけて黒板を見つめている姿勢が気に食わなかったらしい
僕には理由が分からなかった
私語もせず静かに授業を受けているだけの自分が何故怒鳴られるのか意味が分からなかった
僕は無視をした
さらに怒鳴られ後で呼び出された
帰り道僕は冷静でいられなくなった
叱られた理由を考えた
授業を受ける正しい態度という意味を考えた
結局はこちらがどう思おうと
相手が不愉快であるのならば
止めた方がいいという結論に至った
それ以来僕は他人の気持ちに配慮することを心がけた
癪にさわる行動や態度を相手にとった時
謝ればいいと思った
いつしか心のこもっていない
「ごめん」というのが口癖になった
高校の頃である
僕はいつものように「ごめん」と呟いた
どうやら前の席の子を苛立たせてしまったようである
「君は謝ればいいと思ってる?」
そう言われた
その時初めて気がついた
自分は体良く謝罪の言葉を
上っ面だけで述べているだけだった
自分が嫌われることを恐れているだけだった
心では申し訳ないと思っていなかったのかもしれない
どうせ謝るのならば最初からするなという話
ナチュラルな態度が
他を傷つけるのであるのならば
近づかない方がお互いのためである
世の中には
70億人以上の人がいて
日本には1億2000万人の人がいて
一生に出会える人は3万人
99%に嫌われても
1%に好かれればいい
それでも300人である
そう思う
自分を抑圧する方がよっぽどストレスである
性格が悪い
気配りができない
能力がない
それでもいい






amazarashiの歌詞にどうでしょうか?