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気ままに生きます

人生いろいろ

容疑者Xの献身

映画 雑記
暇人の僕は昨日に引き続きテレビで2時間ロードショーを見ていました。今日は「容疑者Xの献身」でした。世の映像作品のほとんどはハッピーエンドで終わりますが、自分としてはそういう後味がスッキリとしたエンディングも勿論好きです。しかし同時にバッドエンドも求める自分もいて、こういう言い方をすると語弊があるかもしれないですが作品にとってバッドエンドが良い終わり方だという時もあると思うのです。今回の容疑者Xの献身も、バッドエンドが正しい作品の1つなのではないかと改めて感じました。


普通、こういうサスペンス物は犯人が逮捕されることが当然ハッピーエンドなのですが、この作品の場合となるとまた話が違ってきます。弁当屋を営む松雪泰子とその娘が犯した元夫の殺害を、隣人である人生に絶望した天才高校数学教師を演じる堤真一が、あの手この手を使って隠蔽するというのが事件の全容です。普通は、堤真一が湯川教授にトリックを暴かれ、すんなり逮捕されるというのがハッピーエンドなのですが、どういうわけかこの作品では堤真一がすんなり逮捕されることがバッドエンドに思えてならないのです。それは犯人の動機が純粋なる愛によるものだからだと思います。堤真一と湯川教授が4色問題について語るシーンがありますが、今思えばこの「隣同士が同じ色になってはいけない」という4色問題の条件は堤真一松雪泰子が同じ色になってはいけない、つまり母娘が自分と同じように逮捕されてはいけないという意味ではないかと感じました。
また、冒頭部で湯川教授が説明した鉄球の中に”ネオジウム磁石”の玉を入れて、保存の法則を解説していましたが、このシーンも最初のシーンの、元夫の母娘に対する暴力が左からぶつけられた鉄球で、変わりに右から弾き出された鉄球が堤真一の自白の暗示なのかなとも思いました。考えすぎでしょうか。笑


そして、最後の堤真一の慟哭のシーンもその悲しい結末だと視聴者に感じさせる一つの場面だと感じました。犯行時の淡々とした行動や、松雪泰子に対する指示、湯川教授に対しての自白など、いかなる状況でも平静を保ってきた堤真一が最後の最後で感情が溢れ、泣き叫んでしまうあのシーンを見ると、一犯人であることには間違いがないのに、どうしても同情の念が湧き起こってしまいます。ちなみに原作の方では、娘が庇ってくれた堤真一に対する良心の呵責に耐えきれなくなり、自殺未遂をするという場面がありましたが、映画版ではカットされていました。

やっぱりこの映画は何度見てもいいものです。東野圭吾の悲しい結末を迎える作品といえば、「手紙」がありますが、こちらの作品も久しぶりに見たいなあと思いました。




最近盗難が多いらしいですねー。
自分はもう引退した身なので今更どうこう口を挟むような立場でもありませんが、やはり思うところはありますね。
先日、倉庫から一時避難させておいた自分の機材を回収するために学校に行ったのですが、自分のエフェクターケースに謎のシールが貼られており、もう少しで”ほしい人”に譲渡されてしまうところでした。笑 中身は99%自分のものなのでサバかれる前に持って帰ってきました。まあ勘違いだと思いますが。中身とか確認しやんのかな?と疑問を感じるところもありますが、まあいいでしょう。私物は自分で管理しないとね。

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